箒星株式会社

 娘が流れ星を見たと言ってきた。何を願ったのか訊ねると娘は首を横に振った。流れるのが一瞬だったので何も思いつかなかったそうだ。そのことに文句は言っていたが、娘からの非難に困っている私に気付いたのか、最後には気遣うように仕事へのねぎらいの言葉をかけてくれた。
「パパ、無理しないでね。あたし、毎晩お空を見上げて眠るわ」
 通信を切り、しんと静まり返った部屋でしばらく考える。いつの間にこれほど成長したのだろう。自分の膝の上でケラケラ笑っていた、ふっくらとした笑顔が思い返される。親がいなくても子供は育つものだ。赴任前に上司に言われた言葉が頭をよぎる。
 暗くなったモニターの前から離れ、コーヒーを入れた。
 狭い部屋の小さな窓からはビー玉のような地球が見えている。

 ☆

「おはようございます」
 朝、職場で新人の女の子に声をかけられた。
「いつも早いですね」
 彼女はひと月前に赴任してきたばかりだ。女性が長期滞在で赴任してくるのは珍しい。
「部屋がここの隣だからね」
 そう答えると、
「そんなのみんな一緒じゃないですか」
 と彼女は笑った。
 くだらないジョークだが、このコミュニティではとても大事なことだ。彼女の笑顔は確かに私の緊張を少しだけほぐしてくれる。本当のことを言えば、朝のうちから手を付けないと業務が終らないからだったが、そんなことは、彼女にもわかっている。
 デスクの上に散らばる電子書類の整理を始めると、彼女も自分のデスクにつき、コンピューターを立ち上げて、慣れない様子でキーボードを打ち込み始めた。彼女のコンピューターが初期設定通りのタイプ音を小刻みに鳴らす。
 一時間もすると部署の人間がみな揃い、始業音が鳴る。
「おはよう」
 という部長の一声で、いつも通りのミーティングが始まる。
 署員の赴任元エリアはある程度決まっており、部署内の時間はその地域の時間と合わせてある。比較的アジア人が多いが、最近では西洋人も随分目立つようになってきた。
部長がいつも通り咳払いをして、その場の空気は、糸をピンと張ったように引き締まる。
「先週も話している通り、ここから三カ月は仕事が詰まっている。どの案件のクライアントも無視できない状況だ。毎年のことだが、一丸となって乗り越えよう」
 その後、今週の予定をあたりさわりなく部長が紹介する。そして最後に私を見て言う。
「では今回の総合プロジェクトチーフから一言」
 私はチクリと傷む胃の不快感を抑えて周りの署員を見渡す。皆の視線が私に集中している。
「みなさんおはようございます。業務は引き続きになりますが、前年案件の問題点で多く上がりました発光時間延長要請への対応、そしてそれに伴って予想されるRアイテム増加への対応が火急の案件です。これについては業務時間拡大対応、他部署からの応援という二案しかないのが現状です。本日一五時に本案件についてミーティングを開きますのでそれまでに一人一案考えておいてください」
 スイッチが入ったように、私はすらすらと話した。チームのみんなはまじめな顔で聞いている。

 ☆

「あの子、寂しいみたいよ」
 と妻が言った。声色を落とさないよう意識しているせいで、逆に悲壮感がにじみ出ているように感じる。
「通信が終わった後はいつもそのまま寝ちゃうのよ。理由をきいたら、その時が一番幸せだから、って答えたわ」
 妻が娘の意見を代弁しながら、自分の気持ちを伝えたがっているのが痛いほどわかる。
私は娘との生活のことをきいた。食事は何を食べているのか。どんなことを話すのか。週末は二人で買い物に出かけるのか。映画はどうか。
「大丈夫よ。あなたがいないからって、そんなに落ち込んでばかりもいないのよ。それよりあなた、次に返ってくるときにはまた、悩みが増えるかもしれないわよ」
妻はそういっていたずらをたくらむ少女のように笑った。結婚前によく見た顔だった。散歩に連れ出しては一日歩いたり、映画もよく観たものだ。気を緩めるとふいに手を伸ばして栗色の髪に触れたくなる。
「新しい学校で好きな子が出来たみたいよ」
彼女の話に私は困ったように笑った。それはとても喜ばしいことだった。妻も同じように笑っている。
 私は、愛しているよ、と伝えその日の通信を切った。

 発光日まで一週間となった日、私はチームメンバー全員と打ち合わせをしていた。発光時間延長のプログラムはすでに完成し、あとは導入試験を待つばかりだった。
「ものすごく基本的なことを質問したいんですけど」
 新人の女の子が恐る恐るといった様子で私に囁いた。
 私が頷くと、
「このリクエスト、集めて、どうするんですか」
「おい」
私の隣にいた、チームメンバーでも古参の男がたしなめるように言った。新人の言うことに聞き耳を立てていたのだろう
「それくらいは知っておけ。アイテムの信憑性を確認し、ランク付けした後にクライアントに卸すんだよ」
「クライアントの会社って地上にあるみたいですけど、そのあとはどうなるんですか」
「小売りにするんだ」
「誰にですか?」
「なんで知らないんだ? サンタクロースとか、妖精とか、竜とかだろ?」
男は呆れたように言ったが、新人は気にする様子もなく、
「すみません」
 と言った。私は二人の話が終わったのを見計らい、
「昔は違ったらしいが」
と彼女に説明を始めた。
「今、人々の願望は多様化していて、もはや定番というものが無くなってしまった。とても個人で把握するのは難しいし、想像で対応するのは無理がある。そこに目を付けたのがうちで、この部署はその願望を集計している」
「やってること壮大ですよね。実務は退屈ですけど」
彼女は笑った。
隣の男がまたも気に入らない様子で何か言いたげにしていたので、私はすぐに続けて話す。
「願いのエネルギーは微弱だから、どうしても受信地で処理する必要がある。だからみんなここで働いている。退屈でもひとつひとつに思いがこもっているんだ」
 私自身が今までに何度も聞いている話を彼女に伝える。
「ロマンチックですよね。昔から一度でいいからここに来てみたかったんですよ」
 彼女は少女のように私の目を見ていたが、その瞳の奥には疲労の色が浮かんでいる。

 ☆

 娘の機嫌がとても良い日があった。表情は明るく、学校での話を楽しそうに話していた。娘を膝にのせてこの話を聞ければどんなにいいだろうか、と思う。
「昨日、また流れ星を見たの」
 娘が言った。
「今度はちゃんとお願いできたよ」
 何をお願いしたのかきくと、娘は照れたように笑い、
「ひみつ」
 と答えた。

 ☆

 発光作業は予定通り完了した。しかし発光時間延長によるリクエストの増加が予想以上に多く、その後は部署内全員で徹夜での処理作業が続いている。
「今までだって大概だと思っていたけど、こんなに激務だなんて思わなかったわ」
 作業も大詰めのある夜、新人の女の子がぐったりとした様子で言った。
「それにこの結果、凄いですよね。まとめてるだけでぐったり」
 彼女は集計後に分類されたグラフデータを見ながら言った。
「お願いを集めるなんてとってもロマンチックだと思っていたけど、実際は結構現実的なんですね。全体の四割が、離れて暮らしている両親や子供に帰ってきてほしいって、これ何かの皮肉ですか」
疲れた笑顔を向ける彼女に私も微笑んだが、確かにこのことについては毎回辟易する。
「このリクエスト集計してると、地球に帰りたくなりません?」
「いつものことなんだ、会社もかなり配慮してくれている」
 私は答えた。
「それに、こんな結果さすがのサンタクロースもどうしようもないですよね」
彼女は首をかしげる。
「そうだな」
 私のそっけない返答に、彼女はまたぐったりとコンピューターに向かう。
 リクエストでも実行が難しいものはランクが低く売ることができない。地球幸福委員会へ無償で寄付する決まりになっているのだが、彼女にそれを説明する気力もなく、私も淡々と処理を進めた。
 早くこのプロジェクトを終わらせたいという考えが頭の中を埋め尽くしている。小休暇をとっているので地球に帰れるのだ。娘と妻と食卓を囲んで話したかった。娘がしっかりと今回の流れ星を見てくれたか聞きたかった。娘が一体どんな願い事をしたのか、それは気になっていたが、そんなことはどうでもよかった。私たちの願いなどお互いわかりきっているからだ。
狭いオフィスからは月と地球が見え、キーボードをたたく電子音が不規則なリズムで流れている。

genki


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